それが私たちの日々。
人が理不尽な苦しみにさいなまれるとき、そこには暴力や強要が存在することが多い。
それらは、悲しみしか産み出さない。
影に捨てられた悲しみに向き合うこと、それが支援者としての人生。
人の支援をするというのは、そういう覚悟が必要と思う。
・・・簡単に口に出すことができない、むずかしいことだと思います。
先日教えて貰ったことば
心の広がりには限度がない。どこまでも広がり際限がない。
その気になれば宇宙よりも広がる。時間や空間も超えることができる。
限界は自分が作る。
よのなかにいろいろなことを抱えている人がいる限り、
自分たちの心から発する言葉が受け入れられるかどうか
何より、繰り返すけど、影に捨てられた悲しみの言葉を聞き取ることができるのか
チャレンジを繰り返していくのだろうと思います。
いつか、ああ、そんな日もあったなと、思うときが来るのでしょう。
それまでは。
おはようございます。
私は朝起きるたびに、「今日はうぬぼれず自分の道を進むことができるだろうか」と必ず思い、自問自答します。
自分が慢心することが、最大の恐怖だからです。
昨日の昼休み、志半ばで亡くなられた政治家の中川昭一さんの通夜告別式の様子をテレビで視聴していました。
参列した自民党の有力者たちは口々に故人の無念をはらすべく自民党を再生すると述べていました。
しかしこれで自民党が前回の政権交代時、細川政権の時にやった敵失やスキャンダルを徹底的に上げへつらう戦術にでたらあの党の再生はむしろ無いと思います。
いま国民が求めているのは誹謗中傷のたぐいではなく、ビジョンです。
海の向こうでは、ノーベル平和賞がオバマ大統領に贈られるそうです。
地球史上最高級の核攻撃力を維持し続ける国家のリーダーがそれを手放すという内容の演説にどれくらいのリアリティがあるのか、世界唯一の被爆国の国民である我々は注視していかないといけません。
いまや地球全体が欲しているのは超大国の思惑ではないのです。
「世界に変化を望むのであれば、あなたがその変化になれ」
"You should be the change that you want to see in the world."
5度のノーベル平和賞内定を頑に辞退し続けたマハトマ・ガンジーの言葉より。
我々には、こんな大げさな話だけでなく、日々のこの過ぎ去る一瞬一瞬にも
心を砕いて、自らをささげて、やらないといけないことがまだまだあるということを、
忘れてはならないと思います。幸せを、隣人を、そして自分を。
終わりのない旅は続きます。
みんな、吠えろ。
君が居る価値は必ずある。
台風が直撃ということで、各地に被害も出ているようです。
短期的には人の傷病やライフライン、建物の被害、中期的には道路などのインフラ、農作物への被害が心配されますね。
政権が代わりますます公共事業の削減や、予算配分のシフトが行われますが、
最低限必要な公共財の維持にかける予算まで削ってしまうことはいかがなものかと。
例えば、良く利用する橋の維持費用が削減されて手すりがぐらぐらしてたら、
そこを通る子ども達は危険です。
最近、歩道に雑草が生え放題になっているのも良く散見されます。
何が無駄で、何に使うことが必要なのか、行政や政治家などに任せておくのではなく、
私たちも声を上げることが肝要かと存じます。
さて本題です。
まちづくりの基本は、私たちだったら「岐阜が好き」という気持ちだと思います。
私は岐阜が好きです、だから岐阜に尽くしたい。
私は岐阜市を「子育てが日本一したくなる街」にしたいと思っています。
それが私のできる一番の地域貢献です。がんばろう。
長良のガストに一人ノートPCを持ち込んで、お金がないのでドリンクバーのみで数時間・・・
どうにも仕事がまとまらないときに、良くやるやりかたです。
土曜の夜の今晩も、そんな夜でした。月曜日に岐阜市に提出する事業計画をまとめておりました。
帰り自転車に乗りながらふと上をみれば、思いの外早く流れる雲間から、
きれいなお月様の透明な青白い光が気持ちを浄化してくれました。
大変お久しぶりです。
丸3ヶ月ぶりでしょうか。
浦島太郎のような気分です。
待ってくれていた方がいましたら、ありがとうございます。
さて、この3ヶ月の間に、私は1つ歳をとり、また日本は政権交代しました。
経済状況は、マクロ・ミクロとも相変わらずでして、我々中小の商工業者にとっては、
厳しい日々が続いております。
製造業では一時帰休などもさらに拡がっていると聞いております。
私はこの間、相変わらず走り回っておりました。
要領の悪い仕事ぶりで、さまざまにご迷惑をおかけしており、大変申し訳なく思っております。
さて、そんな状況でも、表題の話をしようと思いますことをお許し下さい。
あきらめない
岐阜市から協働事業をやれないかと提案があり、
私は岐阜市に対して最初の打ち合わせ時にこの二つを要求しました。
「打ち合わせはすべて平日昼間の10時半から2時半の時間帯で」
「子どもが急に熱を出すことがあるので、打ち合わせの当日キャンセルもあり得ますが許容していただけますでしょうか?」
子育て中のお母さんたちを参画させたいのなら、
踏まないといけないプロセスがあります。
市役所はまちなかにあり、多くは郊外にすむ若年家庭の子どもが通う幼稚園保育所への
お迎えは1時間見ておくこと。お母さんの中にはクルマの運転に慣れてない人もおります。
子どもが突然熱を出したのに気付くのは前日の夜11時か当日の朝の7時、つまりドタキャンになります。
そんな相手をビジネススキームの中の一員として参画させる「覚悟」はあるのか?
ということです。
それが、あきらめないやり方への一歩、こんな細かい話が実はとても重要なんですね。
事例の一例としてあげさせて頂きました。
私は、ひょんなことから子育て支援、お母さんの支援に関わらせていただいて、
今年で4年になります。
「子ども手当」など、今年に入り子育てにスポットが当たり始めているのは事実でしょう。
しかし、月に2万6千円いただけるようになる、だけでは根本的な解決にはならないと思います。
大切なのはどこまでもお金ではなく「人」なのでしょう。
人があきらめないやり方を。です。
(追記:上記の条件に対して、市の担当課は快く応じていただきました。新しいやり方の一歩と感じております)